東京地方裁判所 昭和40年(むのイ)624号 判決 1965年10月15日
被告人 森脇将光
決 定
(被告人および申立人氏名略)
右被告人に対する私文書偽造同行使、恐喝未遂、法人税法違反、出資の受入預り金及び金利等の取締等に関する法律違反、詐欺各被告事件につき、昭和四〇年一〇月六日東京地方裁判所裁判官諸富吉嗣がなした保釈請求却下の裁判に対し同月七日右各申立人より準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
本件申立を棄却する。
理由
一 本件準抗告申立の要旨は別添右各申立人の作成した「準抗告の申立書」と題する書面記載のとおりであるからここに引用するが、これを要するに、被告人は本件につき罪証を隠滅するおそれはないから権利保釈が認められるべきであり、かりにそうでないとしても被告人は長期に亘り勾留されているから刑訴法第九一条に則り保釈が許されるべきであるというものである。
二 被告人は検事から昭和四〇年五月一二日私文書偽造同行使、恐喝未遂の各被疑事実につき東京地方裁判所に対し勾留を請求され翌一三日同裁判所裁判官より右各事実につき勾留状の発布を受け、同月三一日同裁判所に対して別紙一記載の各事実につき起訴され、ついで同年七月七日および同月一二日別紙二、三記載のとおり法人税法違反、出資の受入預り金及び金利等の取締等に関する法律違反、詐欺の各事実につきそれぞれ追起訴され、かついずれも同時に右各事実に基づき勾留状の発布を受け、いずれも勾留更新されて引き続き右各事実につき勾留中のものであるところ、被告人の弁護人伊坂重昭より同年七月一日、同年八月一四日および同年一〇月五日の三度にわたり保釈請求がなされたが、同年一〇月六日東京地方裁判所裁判官諸富吉嗣より本件につき刑訴法第八九条第四号に該当する事由があるとして一括して保釈請求が却下されたことは、被告人に対する一件記録中勾留関係処分記録、被告人に対する各起訴状、追起訴状写によつて明らかである。
三 そこでまず被告人が本件につき刑訴法第八九条第四号にいう「罪証を隠滅すると疑うに足る相当な理由」があるかどうかにつき検討する。
一件記録によれば、本件は大別して(一)いわゆる「吹原産業事件」として知られる事案(別紙一および三記載の事実)(二)株式会社森脇文庫の代表者として、同会社の業務に関して行つた脱税、高金利による貸付の事案(別紙二記載の事実)とに分かれ、就中(一)の吹原産業事件は、被告人が相被告人吹原弘宣に対して貸付けた金員が、元利合計約四〇億円の巨額に達したため、これが回収に苦慮した末、右吹原を使嗾しこれと共謀のうえ三菱銀行長原支店より合計三〇億円の通知預金証書を騙取させ、これを吹原から受領するや、同銀行本店において右預金証書に基づき支払いを強要した事実および同様吹原と共謀のうえ、吹原をして一流上場会社、有名人等から約束手形、担保物件等を騙取させた事実を中心とするものであつて、被告人が吹原に対して有する巨額の貸付債権の回収を計るため吹原と政・財界人とのつながりに着目し、金融操作の専門的の知識に基づき予め周到かつ綿密な計画を練つた上で敢行された一連の知能的犯行であつて、犯罪の態様は極めて複雑かつ大規模なものがあるばかりでなく、本件の要をなす吹原との共謀の点については、被告人は捜査のはじめより終始これを否認し、吹原の供述と真向から対立し、かつその弁解もすこぶる巧妙なものがあること、そして右共謀の点を立証するものとしては吹原の供述の他には有力な証拠に乏しく、同人の供述に依存するところが大きいこと、被告人はかねてより、同人の主宰する金融業の性質上生じる民事上の紛争に備え、事前に前記森脇文庫関係者に偽証を強要し、本件においても、すでに吹原の逮捕を知るや自己の支配下にある関係者に対し偽証を示唆していた状況の存すること、しかして、吹原の被告人に対して負担する債務は巨額に上り、右金銭債権は被告人の前記脱税が発覚したため、租税債権の担保として差押えられてはいるけれども、被告人と吹原との従来よりの関係および吹原の利に動きやすい性格からして吹原において容易に被告人の覊絆から解き放たれることが困難な状況にあること、の各事実を認めることができる。
以上の事実をもつてすれば、いまだ公判審理の開始されない現段階において、もし被告人を釈放すれば、被告人は主として吹原との右のような共謀の点につきこれを打ち消しあるいは自己に有利な証拠を作出するため、まずいわば自己の死命を制する立場にある吹原に対し、同人との従来よりの関係および利に動きやすい同人の性格を利用し、直接、間接にその供述の変更を求めるべく働きかけるであろうことは明らかであるし、(吹原の身柄が拘束中のものであるかどうかは、さして問題とならない)まして、すでに保釈中の被告人の番頭格であり本件においても吹原と被告人との連絡に当つた平本方ほか自己の支配下にある者に対して、その支配力を利用し、右の点を中心として自己に有利な供述等を得るため働きかけることも十分予想されるところである。
それゆえ、本件において被告人が右のように罪証隠滅を行う蓋然性はきわめて高く、かつもしこれが実行されるならば被告人の罪責の認定にあたり、影響するところまことに大なるものがあるといい得るから、その余の点につき判断するまでもなく権利保釈は許さるべきではない。
つぎに被告人の拘禁が刑訴法第九一条にいう「不当に長期の拘禁」に該当するかどうか検討すると、被告人に対する勾留関係処分記録によれば、被告人は身柄の拘束を受けて以来、すでに一五〇日以上を経過していることが認められるけれども、もとより被告人の拘禁が不当に長期であるかどうかの評価は単に身柄の拘束期間のみを基準にしてなされるべきではなく、事案の難易、関係人の多少、被告人の抗争の状況その他諸般の事情を総合して判断されるべきものであるから、前記認定したとおり本件事案の性質、態様、被告人の態度等その他諸般の事情によれば、いまだ被告人に対する本件拘禁が不当に長期に亘るものとは認め得ない。
つぎに裁量による保釈が許されるべきかどうかにつき検討するに、被告人は六五才の老令であり、かつ視力障害、食欲不振を訴え、また右のとおり拘禁がかなり長期に及んでいること、そして被告人の事業の整理および防禦権の行使のためには、被告人自身の活動が必要である面もあることなどの事実が一件記録によつて認められるところではあるけれども、東京拘置所医務部医師加藤理作成の昭和四〇年一〇月一三日付病状回答書謄本によれば、被告人の持病である「老人性白内障」については急性の増悪はなく、拘禁による病状の悪化も殆んど考えられずまた食欲不振も多分に拘禁による神経的なものと思われ、なお拘禁に耐えうることが認められるし、前記のとおり、罪証隠滅の虞れが高度に存する本件においては、被告人に存する前記の状況にもかかわらず、裁量をもつて保釈すべきものとは認め得ない。
四 結局、申立人の保釈請求を必要的保釈を許すべきでないとして却下した原裁判は相当であつて、申立人の本件準抗告申立は理由がないから、刑訴法第四三二条第四二六条第一項後段によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 鈴木重光 福島重雄 武藤冬士己)
準抗告の申立書(略)